大丈夫と言われてもなかなか信じられない頑固者デスがどうしたらいいでしょう?
いくら大丈夫と言われても、その後しばらくすると大丈夫じゃないと思えてきて、ついつい不安になっちまう頑固者ってか(笑)
うんうん解りますよ
そんなことをウンザリするほど、繰り返してきましたから
自分の実体験そのものや経験してきたことからはリアルに想像できたりするもんですが、大丈夫の実体験が少なかったり、大丈夫を経験してなかったりすると想像できませんもんね。
どっちが信じられるかって、結局はリアルに想像できるほうだったりしますもん。
男性にはこの傾向多いんじゃないかな。
女性でも満月に祈ると願いが叶うが無条件で信じられなかったり、いろんなこと試して上手くいかないよーって、う~ってなりがちの方も意外にいらっしゃるかもしれませんね。
そこで振り返ってみれば
大丈夫を軽視している!
大丈夫になる経験を避けてきた!
こんなことしていたんですよね。
でコレに気付いてからはずいぶんと生きやすくなったもんです(笑)
今ではすっーかり、驚かれるくらい、別の言い方では、危険とか言われますが、以前はビビりまくりのヘタレでしたね。
行動する前に想像してやる気がなくなってるタイプでしたから、
生きづらかったんですよ
それでも会社勤めの時は営業なんてしてましたからね。
もう大笑いです!
必死に隠して予算達成するポーズ取ってましたが、はなっからやる気なんぞなかったですもんね。
よく営業っていう肩書しょってましたよね。
ウケル―
だからまずは
当たり前の大丈夫に気付くことから始める
仕事があって飯を喰えてること、雨風をしのげる家があること、寒い思いをしなくてすむ服があること、事故がなく無事でいられること、なんだかんだで生きていること
コレが全て大丈夫の証拠です!
とにかく経験をする
小さなことから始めるNLPで言うところのチャンキングだね。
で実体験に刻む!
今まで大丈夫じゃないと思って(信じて)きたことを試してみるといいよ。
例えば、あまり親しくない人たちから飲み会に誘われたとか、逆に行きたくない飲み会を断るとか、何でもいい。
でもそもそも経験を積むその一歩が怖いんですよね(汗)
そこで!
出てきた感情を因数分解する!
因数分解って笑っちゃうね。学生のころ数学でやったね。苦手な人には考えたくもないよね。
でもこの因数分解は簡単よ!
感情はその因子の掛け算でなりたっているって仮定して、その因子を見つけてみましょうってなわけ
カッコいいでしょ♪
教授みたいで。
へんじろう教授
まるかぶり
なんで怖いのかっていうと、自分を守ろうとしているわけで、守れなかったらどうなるかわからないから。
↑
コレが因数分解
って勝手に呼ぶ(笑)
簡単デショ
さらに因数分解(笑)
↓
どうなるかわからないけど進んだとして、仮に思ったようにならなかったとしたらどうだろう?
後悔しちゃう
突き詰めるとつまりは後悔という感情を味わいたくないから進めないっうことだ。
後悔という感情は苦痛とか恥ずかしい思いをしたくないとかに因数分解できる。
恥ずかしい感情ってどうだろう?
すると・・・
へんじろうにとって恥ずかしいって感情はぜんぜん大したことなかった。
だって実体験として笑われても痛くないからね。単純に生きるといううえでは支障がなかったんだ。オレの場合は。
恥ずかしい=何でもない
↑
なのでこれ以上は因数分解できない。
人それぞれだから、恥ずかしいが嫌だなぁと感じるなら、さらに恥ずかしいを因数分解してみるといいよ。
苦痛はというと、何回かは耐えられるが耐え続けるのは避けたい、味わいたくない、特に肉体的苦痛は即避けたい。
↑
これもこれ以上因数分解できない。
つまり因数分解して自分の特性を知るだよ
そして、
『笑われるのは何ともないけど苦痛は絶対避ける』
という自分の特性を軸に怖いに戻る。
「このことを怖がっているけど、うまくいかない場合は笑われるけど苦痛はほぼ皆無だ」なら、
↓
だから大丈夫
ちなみ、にへんじろうはいろんな感情を因数分解をしたら、
『死ぬまで生きれればいい』
に行き着いた。
死ぬのは避けたいんだよね。いろんな感情味わいたいから。できれば快の感情を多くね。
そこに気づいたら、それを元にシンプルに考えた。
死ぬまで生きれればいいのを基本において、
自分はどうしたいのか
何を満たせたら満足で幸せなのか
満たすにはどうすればいいのか
絶対に譲れず満たしたいモノは何か?
出てきたのは、家と好きな人と食事と健康と風呂。
で、考えたら、それを満たすために最低限必要となるお金は意外に多くなかったってことに気が付いた。
ガスや電気、水道、ガソリンなどのエネルギー代と家賃や税金、医療費。細かくいうとバスや電車などの公共の交通機関を利用する場合。
これらだけはお金の代わりがきかない。
でも最低限、生きるために必要な服や食べ物はお金がなくてもどうにかなるケースがある。物々交換とかでまかなえたりする。
実際、実家とか行くと両親とも年金暮らしで、自分たちでチョットした野菜や果物とか作ってるんだけど、食べきれないから近所や友達、畑づくりの仲間たちにおすそ分けする。親戚から送られてくる郷土の幸をおすそ分けする。
すると、近所家の郷里の幸で戻ってきたり、違う作物で戻ってきたりする。
厳密に言い出すときりないけど、
ほぼ物々交換で豊かな生活してたりする
そんな生活にはお金の使用頻度が思った以上に少なくてちょっと驚いた。
それを間近で垣間見たとき、
大丈夫だと気付いた
生きていくだけなら生きれると思った
当然さらにより良く生きたいなら、快適を目指す、愉快を目指す、裕福を目指すをしていくし、そのためにいろんなことする。
でも基本は大丈夫だから、最終的にそこに戻るから、どこか安心した。
だって死ぬときは抱えていけるモノはないし、死ぬ間際は自分は記憶だけしかないし、もしくはそれすらもないわけでしょ。
すると、後に付いてくるもんは完全にオマケになった。
物質や状況はオマケ
上手くいったら楽しい快な感情を、上手くいかなかったら不快な感情を味わうだけ。
行きついたのは、
不快な感情を味わうことさえ楽しめるか?
まだまだだけど。コレ楽しめたらもう怖いもんなしだよね♪
えーっと
大丈夫だった証拠探して、
大丈夫な実体験増やして、
それでも怖かったら、
感情の因数分解をして、
特性に知って大丈夫に気付く。
すると
大丈夫になる!
以上チャイムがなったので
今日の授業は終わり
次回は、不安の因数分解です。
予習、復習、忘れずに
デ・カ・ケ・ル・ト・キ・モ・ワ・ス・レ・ズ・ニ
古~!
あなたも私も皆へんじんだ
変人のススメ
へんじろうでした